「俺のこと好きって言うけど…外では会ってくれないんでしょ?」
賑やかな店内で、客の男が私に言った。
ふと、この言葉が頭をよぎる。
《…私にメリットないじゃん……》
―この日、私は少し大人になれた。
10年以上前、ラウンジで働いていた。
私はお酒が苦手だった。
うまい営業も出来ない。
そんな中、よく私を指名してくれるお客が。
『こんばんは!今日も来てくれたんだ!』
この人が来ると、私は自然と笑顔になる。
なぜか安心する。
『…何歳だっけ?』
「30!もう…いっつも聞くよね、それ(笑)俺に興味ある?」
『そうだった!あー…忘れてた(笑)』
こんな失礼なことを言っても許してくれる。
私に呆れず、お店まで来てくれる。
そして、無理やり酒を飲ませずに
かなり割高なジュースを頼んでくれる。
《あー…本当にいいお客さんだなぁ》
お店にいる時は、その席だけが安全地帯だった。
調子に乗って
『好き♡』と、言ってみる。
さっきまで他の席で飲まされまくったアルコールが残っていて、私は気分が良かった。
すると―
「…ほんと?本当に?」
お客は嬉しそうに笑いながら、続けて
「…好きって言うけど…外では会ってくれないんでしょ?」
こちらを見ずに、お湯割りを見つめながら言った。
その瞬間
《えっ…私にメリットないじゃん……》
その言葉が頭をよぎった。
さっきまで楽しかったのに、急に冷めた。
冷めちゃった。
確かに、お客としては好き。いちばん好き。
自由でいさせてくれるし、何より楽。
でも男としては…考えたこともない。
改めて、一人の男として見てみた。
《…なんで?なんで私がこの人とプライベートで会わないといけないの?》
それが答えだった。
賑やかな店内で、この席だけが冷えきってる。
《ヤバい》
真顔になった表情を戻し
『…まだかな(笑)あと100回、ここで会えたらね~』
「はっ…100回かぁ……(笑)」
そう言いながら、下を向いたまま笑っていた。
―この日、私は少し大人になれた。
前なら言ってしまっていたから。
《…私にメリットないじゃん……》
浮かんだ言葉をこのまま伝えたら失礼になる。
だから、少し丁寧に言い換えて
『私にメリットありますか?』と…
今までなら言っていた。
人様に嘘をつくのは失礼だと思っていた。
でも、丁寧に言っても
怒る人に唖然とする人、口をパクパクする人…
私は、この反応が怖かった。
だからあの日は違うことを言ってみようと思った。
そして
『…まだかな(笑)』と。
怒られなかった。唖然とした顔で見られなかった。
口をパクパクした怖い顔も、されなかった。
《あっ…本当のことは言っちゃいけないんだ》
その日以降、私は頭に浮かんだことを
そのまま言うのをやめた。すごく生きやすくなった。
あのお客さんは、100回来る前に私がお店をやめた。
足繁く通ってくれていた。本当に優しい人だった。
あの日以来―
私はたくさんの “大人” らしい言い方を習得している。
いつも、学びを得るのは
あの人のような優しい人が相手の時。
あんな人、傷付けたくはない。
でも怒られないから
いつもと違う言い方をチャレンジできる。
つまり、甘えてる。
今日も私は、優しい大人たちに受け止められて
また一歩、普通の大人に近づけている。
私も、無知を悪意と捉えない大人な人間に
早くなりたい。

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