心のうち

頭の中

「…きもちわるっ」

まだ実家に住んでる頃、笑いながら話していたら

母に言われた言葉。

ひどくない?ひどいよな(笑)

中学生のころ、カメラで自撮りをしていた。

その写真を探してて母に『あの写真知らない?制服で写ってるやつ』と聞くと…

「ああ。あのブスなやつね」と。

今となっては笑えるけど、あの頃は本当に傷付いた。

こんな風に、日頃から子供の自信を潰していってるのに私が精神病になると

「あんたが弱いから」「甘えてる」と。

…ほんと、酷すぎて笑える。今ならね。

大人になってからも。

娘の学校でのトラブルで、毎日私たち親子は疲れていた。

学校に担任に話に行ったり、

登校するも学校に居られず迎えに行く日々。

苦手な電話も、当たり前にやってた。

大人の言葉遣いを知らなかったから毎日調べたり、

どう言えば先生を敵に回さず学校に居られるか…

毎日、本当に疲れてた。

そんな中、母に娘の迎えをお願いした日があった。

『もう疲れた』と。

行ってくれたはいいが…

「うちの娘(私)が心療内科に通ってるからー」と

担任や他の先生の前で話したらしい。

そのことで、今まで私と娘が頑張ってきたことが

パーになった。

その後、担任その他から、

前にも増して “いなされる” 感じ。

信用してない教師から「私も心療内科に通ってたことがあってー」と、何のためにもならんアドバイスされ。

…トラブル解決のために先生に気を遣って。

娘も無理やりテンションをあげ、頑張って教室に入って。

苦手でも、やるしかないから吐きそうになりながらも学校に電話して。

…それらがすべて、水の泡。

いじめにあったことも、娘が登校できないことも

“私が考えすぎでこうなった” と捉えられたよう。

んなわけねーだろ○すぞボケ

そのとき、すでに担任とは折り合いが悪かった。

あちらも疲れるだろうけど、私も必死。

そんな中での母の発言。

担任は『うーん(困り顔)』と、“分かりますぅー” 顔だったと娘から聞いた。

…しね

この日を境に、母には学校に一切関わらせなかった。

おかげさまで、中学ではいい先生に恵まれたのもあり

だんだん娘の笑顔が戻ってきた。

ここに全てまとめようと思うと難しいけど。

今の、この穏やかな生活を手に入れられて

本当にしあわせ。

あの母じゃなければアルコール依存なんてならなかったのかな。

その前に、ちゃんと人並みに可愛がられていれば

もっと普通の人生を歩めたのかな…とか思うけど。

どうしようもない。

もう今世は、この人生なんだから。

私もいま、自分の育て方を “これでいい” と信じてるけど。

もしかしたら、これも間違ってるのかもしれない…

そんなことを考えると、ふと昔のことを思い出した。

はぁ…

綺麗なことばっか言って生きらんねーよな。

いまでも、色んな人に思ってる。

『しね』

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